想いを具現化する技術とこだわり・今後のミチノ
ミチノ・パリの魅力を紐解くブランドストーリー。第1弾ではYasuの人生哲学、第2弾ではエレガンスの概念について、ここまで2回を通じてブランドの世界観を創り上げるYasuの内面について紐解いてきた。最終回となる第3弾では、実際にそのアイデアや世界観を具体化する部分についてピックアップしてみたい。また、今後ミチノ・パリはどのようなブランドとなっていくのだろうか。
■デザインのインスピレーションについて
人生哲学やエレガンスの概念など、ミチノの作品にはYasuの内面的な部分が大きく反映されている。では、具体的にはどのようなことがYasuのインスピレーションの源になり、形になっているのだろうか。
~自分の中に素材のストックを増やす~
「インスピレーションを得るためには、できるだけ沢山のものを見たり触れたりするように心掛けています。なぜなら、脳は見たもの触れたものを無意識にスキャンして、それを自分の中のフィルターで分類しているからです。そうしておくと、実際デザインをするときにはその中で良いと感じたものが自然と浮かんでくるんです。
例えば、以前ルテスの新作カラーに5種類のピンクを作りました。ピンクといっても色々なピンクがあるのに、どうやってこの5つに絞ったのかと考えた時、これまで見たものの中から無意識に好きだと感じた色を選んでいることに気付きます。つまり、脳でスキャンされた素材のストックが多ければ多いほど、それがインスピレーションの引き出しとなり、デザインやカラーに活かせる幅が大きくなるということなんですね。」
~自分をハッピーな状態におくこと~
「他には、自分に幸せな思い出をくれた時の雰囲気だったり、香りだったり、色だったり、そういった感覚的なものが鮮明に残っていて、それがインスピレーションとなってデザインに表現されることも多いですね。」脳にストックを貯えること、そして、第1弾でも述べたように、いかに自分をハッピーな状態にしておくか、こういったことを心掛けることでインスピレーションの引き出しができ、デザインとして形になっていくのである。
▪トリヨンレザーへのこだわり
ミチノ・パリの作品に欠かせない素材といえば「トリヨンレザー」だ。トリヨンレザーは、カーフスキンやカウハイドなどと共に牛革の一種として知られているが、その希少性、品質、美しさから最も高級な革のひとつとされている。一般的にはカーフスキンを使用するブランドが多い中、ミチノ・パリがあくまでこのトリヨンレザーにこだわる理由は何なのだろうか。~品質の追及~
「扱い易く入手し易いカーフスキンは革製品にはポピュラーな素材だけれど、その分当たり外れもあります。価格を抑えたカーフスキンは、原皮の生育環境によっては傷跡や虫刺されのような痕が避けられません。一方、トリヨンレザーの原皮はスイスとスペインの産地に限定され、しっかりと管理された生育環境の中で育った牛のみを使っています。そういった意味でもトリヨンレザーは原皮段階からの質が非常に高いのです。」
~ミチノ・パリのスタイルを最も的確に表現できる~
「これまで述べてきたように、ミチノのスタイルは “エレガント”。けれど、TPOによってはカジュアルにも使うことができる汎用性があります。トリヨンレザーは、適度に張りがありながら柔らかさもあるため、きちんと感を出すことも動きを出すこともできる。表面のシボも均一で美しく、エレガントでもありカジュアルでもあるというミチノ独特のニュアンスを的確に表現するにはトリヨンレザーが最適なんです。」
~ブランドとしての特別感~
「ハイブランドであっても、多くがトリヨンレザーを使いながらその他の革も合わせて使っています。それにはもちろん様々な理由があるのですが、ミチノとしてはこのトリヨンレザーを主力に据えることで、他にはない特別感をもっていたいと考えています。」
■フランス・バスク地方の名門タンナー「レミキャリア」
原皮をなめして加工された革にするためには、タンナー(なめし業者)の存在が必要不可欠だ。このタンナーの技術によっても革の出来栄えが全く異なってくる。
ミチノ・パリが選ぶのは、フランス・バスク地方にある「レミキャリア」。エルメスなど世界に名立たるトップメゾンにも革を提供している名タンナーだ。ミチノがレミキャリアを選ぶ理由は、卓越したクラフツマンシップだけではなく、彼らの考え方にもあるという。~タンナーとしての誇り~
「レミキャリアは決して大きな工場というわけではありません。けれど、僕たちミチノのブランドの考え方と似ているところがあると感じています。
他の大型工場では、大手ブランドがメインの顧客であるため、ミチノのような規模となると提供される革の質も量も限られてきます。しかし、レミキャリアはエルメスのようなハイブランドにも革を提供している一方で、ミチノのように小規模でも品質にこだわりのあるブランドに対して誠心誠意対応してくれます。それは、”本当に良いものを、それを必要とする幅広い方々に自信を持ってお届けしたい” というミチノの考え方と一致しているのです。
顧客の規模や時代の流れに迎合するのではなく、常に本質を見極めた仕事をする。タンナーとして彼らが持っている誇りには共感する部分が多いですね。だからこそ一緒に仕事をしたいと思うのです。」
~卓越したクラフツマンシップ~
「もちろん、レミキャリアを選ぶ大きな理由は、彼らの卓越した技術力にもあります。
レミキャリアのトリヨンレザーを手にしてもらえれば分かると思いますが、肌馴染みがよく、適度な硬さとしなやかさの中に、まるでベビーパウダーのようなサラサラとした質感があります。シルクとも違うこの独特のタッチを、僕たちは ”タルク・タッチ“ と呼んでいます。タルクとは鉱石をパウダー状にしたもので、化粧品等に含まれる物質。このタルクのタッチを生み出せるのはレミキャリアの他ありません。
また、時間をかけて丁寧に仕上げられる染めの技術には目を見張るものがあり、その発色の鮮やかさは、ミチノの得意とする微細なカラーバリエーションを表現するのに欠かせません。」
■イタリア フィレンツェの名工
実際、革をバッグに仕立てる過程は、数々のラグジュアリーメゾンの製品を扱うイタリア・フィレンツェのアトリエにて熟練工の手によってなされている。これらの職人たちには、一体何が求められるのだろうか。
~職人に最も必要なのはセンス~
「その職人がどれほど経験を積んできたか、熟練度合はもちろん技術に生かされているけれど、実は熟練度よりも大事なものはセンスです。ここでいうセンスとは、デザイナーが伝えるニュアンスをいかに察知し、具体化できるかという能力。
例えば、このバッグにはどれくらいの革の厚みが最適か、芯を入れる場所、ボタンや穴の位置など、事細かに指示しなくとも以心伝心のようにポイントを抑えてくれる職人は貴重です。もちろんそのセンスは、どのようなデザイナーとどれだけ仕事をこなしてきたか、その経験に培われてくる部分はありますね。」~素材をナチュラルに活かすことができる技術力~
「前回、自然体でいることがエレガントな姿勢に繋がり、それはバッグにも当てはまると述べたと思います。革は動物のものなので、僕はいつも、できる限りナチュラルな姿を活かしたいと考えています。
奇抜なデザインや複雑なデザインでは、どうしても不自然なカットや縫い目ができ、なんとなく革もバッグも可哀そうだなと思うんです。また、粗悪な革でも型押しにしてしまえば目立たないですが、やはりどうしても不自然な感じは否めません。だからこそ、自然体で一番美しいトリヨンレザーを使うんです。
これは職人さんの技術にも言えたことで、変な方向や切れ目で革をカットしていたり、ちぐはぐな場所に縫い目を作ったりするのではなく、革の自然な状態を計算し尽している職人はやはり優秀ですね。」
~得意分野を見極める~
「ミチノのバッグを手掛ける職人は、様々な角度のプロフェッショナルです。僕はこれまで数々のブランドで様々なタイプのバッグをデザインさせてもらってきたお陰で、これらの職人たちの得意分野を把握することができました。そこで、このタイプのバッグはこの職人、というように適材適所で仕事をしてもらうことで、より完成度の高い作品を作ることができています。」
作品を形作る段階で最も重要な職人の手仕事。職人一人一人との関係を大切に、高いセンスと技術力を持つ職人のみに適材適所で仕事をしてもらうことで、ブランドの思い描く世界観とクオリティーを忠実に具現化することができるのである。
■メタルパーツへの拘り
バッグに付くメタルパーツにも、ミチノ・パリの計算された拘りが込められている。
~バッグに煌めきをもたせる~
「メタルをあしらう目的は、あくまで少量の光でバッグに煌めきを持たせること。パーツは大きすぎても小さすぎてもダメ、また、数も多すぎるとイメージが違ってしまいます。そして、最も拘るのはメッキの部分。メッキが薄い場合透明のラッカーでコーティングすることになり、どことなく安っぽい印象になってしまいます。ミチノでは、ラッカーコーティングを避けるためメッキを十分な厚さにし、メタルの煌めきにも高級感を持たせています。」
~エレガントな動作に繋がる~
「ルテス、オペラ、エリゼ、オデオンなど、ミチノの多くのバッグには小さなメタルのつまみが付いています。それは、つまみをひねる動作というのがとてもエレガントに見えるからです。大事な宝箱を開ける時のような、何か特別感というのでしょうか。ここで、”小さなつまみをちょっとひねる” というのがポイントです。そして、様々なバッグをデザインしてきた僕の経験上、開け閉めする時に1アクションまでというのも重要です。これより動作が多くなると、どことなくもたついた印象になってしまいます。
ミチノのつまみは何気なくついているように見えて、繊細でデリケートな動作を促してくれます。実は持つ人がエレガントに見える、そんな仕掛けが込められているのです。」
■今後のミチノ・パリ
Yasuの、デザイナーとしての集大成ともいえるミチノ・パリ。今後は、どのようなブランドになっていくのだろうか。
~インスピレーションと需要のバランス~
「完全に自分のインスピレーションそのままにデザインをするならば、それは独りよがりなものになり兼ねません。一方で、大衆に受け入れられるデザインだけに特化するならば、リスクもないけれど特徴もないものになってしまいます。したがって、このバランスをとることが課題だと考えています。
今後のミチノとしては、バッグ一つで語れる独自の “ストーリー性” がありながら、上質を求める様々な年齢、タイプのお客様にも馴染むブランドを目指したいと思っています。」
~ブランドに込められた想い~
「かつては、自分のブランドを持つことがデザイナーとしてのゴールだと思っていました。
けれど、今はその先にブランドを通じて何をしたいのか、どのように社会や人に貢献するのか、ということを考えています。
お客様には、ファッションを通じて知識を学んで欲しい。例えば、ルテスのジヴェルニーというカラー。単なるグリーンではなく、このグリーンの背景には、モネがジヴェルニーの庭に表現した、彼の愛した日本の緑がある。そういうことに気付くことで、”単なるバッグ、ただのグリーン” というだけでは終わらない、モネという画家の物語や彼の作品についてまでも想いを馳せることができます。
ミチノの作品を手にすることで、アートだったり、文化や歴史だったり、様々なことを学べる、そんなブランドでありたいと思っています。」
■おわりに
これまで、3回に渡ってミチノ・パリの魅力を紐解いてきた。ミチノの魅力は、細部まで計算し尽されたエレガントな美しさと機能性。しかし、それは単なる外面的なものではなく、創業者でありデザイナーでもあるYasuの人生哲学や内面性に裏付けされたものであった。
ハイブランドと変わらないクオリティーと洗練されたデザインを持ちながら、幅広い層に届く親しみやすさは、上質なバッグを持つことの楽しさを多くの方に味わってもらうことができる。また、装飾的な意味合いだけではなく、様々な感性や知性を呼び覚ますことができるミチノの作品は、それを持つことで今より一歩素敵に、よりエレガントな自分に近付くことができる。ミチノ・パリの作品には、そんなハッピーなパワーが込められているのである。
取材・記事 藤井麻未