ミチノレザーの裏側 vol.2

 

ミチノは、そんな名門タナリーで作られる『ラグーン(LAGUN)』(一般ではトリヨンクレマンスと呼ばれている種類)を使用。エルメスをはじめとする世界の名だたるトップメゾンで愛用されている非常に肌理の細かい革である。くったりとしなやかでありながら、もちもちとした弾力があり、すぐに最高級の革であることが分かる。


エレガントでシルキーな印象をもつこの革は傷擦れにも強く、使い込むほどに持ち手の生活に馴染む。細かなキメ、美しいシボ、鮮やかな発色、何より厚みのある革の吸い込まれるような触り心地は手にした人にしかわからない存在感を醸し出す至高の逸品だと言えよう。


この柔らかさを出すために皮をマッサージするドラミングの工程も見学させて貰った。職人が仕上がりの質感に応じて、毎回異なった細かい指示をだす。単にドラミングするのではなくゆっくりと少量ずつ行うことで皮への負担を最小限に抑え、じんわりと肌に馴染む美しく優しい革が出来るのだという。以前、香川県小豆島にある醤油の製造蔵へ見学に行った時に似た話を聞いたことを思い出した。「最高の素材を使っても今風に早送りで作ろうとすると、深みの無い淡白なものしか出来ない。時間を掛けて辛抱強く丁寧に向き合うことで何層にも重なる味わい深さが出るのです。」


また、世界各地のタナリーに赴いた事のあるヤス・ミチノがレミキャリアを選ぶのは素材の上質さだけでなく、その類い稀なる巧みな染めの技術にある。


パッと目を引く鮮やかさな色は柔らかで優しい光沢を持つ素材と調和し、押しつけがましさの無い生き生きとした発色。この秘密はなんと言っても丁寧に時間をかけて染め上げる工程にあると言える。当社では通常3週間程で行われる染め上げを3ヶ月掛けて丁寧に仕上げる。1日の限界生産数は300枚。決して多くはないこの数がラグジュアリーレザーを作り出す工房の規模感なのだ。まずは染料で十分に下染めしてから顔料を至極薄く塗り重ねる。最終仕上げは一枚一枚職人の手によって染め上げられることも。顔料を厚塗りした革も一見綺麗な色に仕上がっているように見えるが、革の持つ自然な風合いはそこなわれ、ひび割れも起こりやすい。鮮やかに塗装された良い革は、スレや汚れにも強く耐久性がある。表面のみを染めている訳ではないので色移りとは無縁だ。


 

工房を案内してくれたオレリーは「革は、女性の肌と同じ。雑なお化粧はすぐに崩れてしまうし、近くで見るとムラがあるでしょう。上質な革の見分け方もまた美しい肌と同じ。表面に凹凸が少なく、肌理細やか。そして自然なツヤと潤いがあることよ。」と話す。


 

我々が見学に訪れたのは気温30度で湿度の高い日中。それなのに驚くほど臭いがせず機械音も全く耳障りではない。これはひとえにハイテクノロジーを積極的に採用していることの証明だが、一方で一つの機械には4−5人の職人がつきっきりで作業をおこなっていた。いくら機械化されていると言えども腕の立つ職人がいて初めて機械をあやつることができるのだ。一枚の皮を染め上げるまでに一体何人の職人の手がかかっているのか、考えずにはいられなかった。


物価高や人件費の高騰により、世界の多くのものづくりが東南アジアへシフトする昨今。フランスのものづくりも例外ではなく30年前には300以上あったと言われる国内のなめし工場が今では30近くまで減っている。その中で当社は創業から100年たった今も地域の住民の雇用を守り、自然への配慮をおこたらない。生まれ育った地を愛し、守り続け、誇りを持って仕事をするバスクの職人を前にして、近江商人の哲学「三方よし」が頭から離れなかった。ミチノのレザーが出来るまでの長い道のりやクラフトマンシップを目にし、このレザーを使ってものづくりが出来ている感謝と責任を改めて感じる工房見学となった。均質化、効率化に逆行する「手間」をお客様の元に届けることもまた我々の使命だと感じる。